『石井独眼流実戦録』が説く、株で儲ける秘訣
拙著『超実践! 順張りスイングトレードの極意』の中で紹介した名著の一つに、山崎種二氏の『そろばん』があります。同様のものばかり紹介してもくどくなるという意味で敢えて採り上げはしなかったものの、実は個人的に『そろばん』に勝るとも劣らないと考える時の試練に耐えた名著があります。それは、1987年に世に出た『石井独眼流実戦録』(首藤宣弘著)です。江戸橋証券創業者で立花証券を買収、後に「立花証券の父」と呼ばれるようになった相場の達人、石井久氏の回顧録とインタビューからなる本です。
長らく絶版となっており中古本としての価格も高騰しているのですが、それだけ読む価値があるということの証左でしょう。約35年も前の本ですので、現在とは時代背景等が違いすぎ、特に若い読者にはピンと来ない部分も多いことでしょうが、間違いなくエバーグリーンな内容の本ですので、『そろばん』のように、いずれはパンローリングさん等から復刊してもらいたいと強く願っています。
では、その内容に入っていきますが、まずは石井氏が「正しい株式ポートフォリオの構築法」について言及している部分から。
(問:五名柄を一定の単位数ずつ買った。三つ当たって二つは損したというような時にはどうすればよいのですか?)
私なら見込み違いの二つをぶん投げて当たっている方の銘柄を買い足すべきだと思います。優等生を買うべきです。これは非常に簡単な投資戦術の方法と思うのですが、意外に多くの人がこの逆をやります。利食い千人力などと言って儲かっているのを売って見込み違いの方を残すのですが、これはナンセンスなやり方です。残ったのはカスばかり。優等生は旅に出してしまったが、まだまだ上がるというようなことにしばしばなるのです。だいたい株の健康診断をやると八〇点以上の人はあまりいない。たいてい五〇点とか三〇点。めでたし、めでたしの人は診断に来る必要もないということなのでしょう。で、診断で何故間違えているかが分かったなら勇敢にその劣等生の見切りをやり、利の乗っている方の株を買い足すのです。しかし、これがなかなか出来ない。損切り、血を見る、痛い、辛いというのでセールスマンも止める。本人も嫌がる。そして利が乗った方を売りたがるからいつの間にか手持ち株の内容が悪くなってゆくのです。首藤宣弘著『石井独眼流実戦録』より引用
(問:はずれた株をじっと持っていて先で上がるということもあるのでは?)
何がしかの上昇はあるかも知れないが、たいていは旅に出した(利食った)株の方がもっと上がります。これは相場の位置にもよるわけです。例えば一合目、二合目で思い切って買った人がいます。すこし上がると利食ってもう何かいい株はないかとやってくる。そこで「あれどうしましたか」ときくと「もう売っちゃった」という。私がせっかく勧めてじっと持っていなさいといってあるのに、こういうことがままあるわけです。一合目、二合目で買った株は長期持続が基本です。八、九合目は売ったり買ったりのディーリング戦術で対応しないとついてゆけません。大底段階と大天井段階の戦法はおのずと違うのです。これはプロでないとなかなか分からないのですが、原理原則を念頭に置いて一~五合目と五~八合目と天井圏の作戦はそれぞれに変えてゆかなくてはなりません。
達人級の相場師であれば必ず言及することではありますが、やはり石井氏も損切りの重要性、そして「損小利大」については非常に強調しているのが分かります。
次に、石井氏が株で儲ける秘訣についてズバリ切り込んでいる部分を紹介したいと思います。
株というのは、狭い解釈からゆくと会社の業績とか経営者のよしあし、事業家としての素質とか、そういうもので価格変動を起こすのですから会社をアナリスト的に調査するのも大事なことですね。しかし、これは株で儲けるコツの各論段階であって、総論的にはまず株全体、相場全体が高いか安いかの大勢を読まなくてはなりません。それには景気の動向を見極める必要があります。景気動向を富士山に例えると、八合目、九合目からいくら強気になっても相場で儲ける度合いは少ないわけです。だからまず景気の流れをつかまえるのが第一。第二は今の相場は何合目なのかを測定する。私は一合目、二合目ならよほどのヘマをしない限り損することはあり得ないと思っています。よほどのヘマとは銘柄選定を誤るようなケースです。これを間違えると、相場の大勢観は当たっていても、実際には儲からないことがあるわけです。だから相場の一、二合目で会社の業績のいい株、言いかえると値の高い優等生の株を買うことが第三に重要なポイントです。相場というのは優等生がまず真っ先に走り出す。劣等生が先に走り出すことはあり得ないのです。
首藤宣弘著『石井独眼流実戦録』より引用
「それさえ間違えなければよほどのヘマをしない限り損はしない」ということで、株式投資においては全体地合いの読みこそが何よりも重要であると強調されています。と言うと、「バブル絶頂期に出された本なので、そもそも時代が非常によく、地合いなどに構わずとにかく買っておけばよかったのでは?」との反論が出るかもしれません。しかし、1953年のスターリン暴落をはじめとして(信用でレバを掛ければ特に)多くの投資家が吹き飛ばされてしまうような暴落は度々あったわけで、石井氏はそれら全てをほぼ無傷で切り抜けてきたのです。また、1989年のバブル崩壊も予見し、一年以上も前から株からの撤退を強く推奨していました。
そんな石井氏の「読み」ですが、簡潔に言えば、下記のような諸々の要素を俯瞰的かつ冷静に分析・判断したことによるものでした。
・時代の流れ
・カネの流れ
・モノの流れ
・大衆心理の移り変わり
では、その的確な「読み」を可能にしたのは何だったのでしょうか?石井氏自身の言葉を引用してみます。
私は学歴がなく、基礎的な学問をしていない。体験から先に入った。その後、理論的な勉強をした。普通の人は、理論から入り、実社会に出て体験する。私はこの逆コースをやったわけだ。結果的にこれが非常にうまくいった。この方がより理論的に高度にものごとをとらえられる。だが、こういう逆コース経験の人が案外、世の中に少ない。
首藤宣弘著『石井独眼流実戦録』より引用
過去に前例のないことが起こると、その道の権威者や理論家といわれる人々もよく判断を間違える。これは理論から先に入った人が多いせいだ。そういう人たちは同じ世の中が続いている時は、それほど間違えることはない。だが、世の中の基本に触れるような変化があった場合には、しばしば間違える。体験に裏打ちされた理論こそ大事なのである。
それと株の世界ではカンも重要だ。理論とカン。先天的にカンのよい人がさらに理論を身につけてこそ鬼に金棒というものだ。
要するに、(頭でっかちの)知識や理論などは相場で稼ぐ上では全く役に立たず、経験から得た智慧に溢れた(ストリートスマートな)人こそが強い、ということです。また「どんなタイプが儲けられる(損する)か?」を尋ねられた石井氏は、下記のように答えています。
儲かるタイプは、まず記憶力がよいとか努力家であるとか、あらゆる分野においても通用する定石的なものがあります。やはり優れたところがないと神様はそうそう儲けさせてはくれません。そういう定石を身につけておればあとは精神的なものです。頭とシッポはくれてやる。そういう鷹揚さのある人。その次は儲けても私生活などの面で決して驕らない人。そしてぼやいたり、愚痴を言ったり、泣き言を言わない人。儲かるタイプというのはそういう人ですね。そして、この逆が儲からないタイプですね。しかし、人間は取らぬ狸の皮算用だったり、儲かるとさらに強欲になったり、あるいは驕ったり、そういう性質を多かれ少なかれ持っているものです。だからそういう弱点の度合いを少なくして極力儲かるタイプに自分を変身させてゆくこと、これが株の世界で儲かるコツでもあります。
首藤宣弘著『石井独眼流実戦録』より引用
そんな石井氏が、どのような人生観を持っていたのかが明確に分かる部分を紹介します。
私自身は証券界に入って四十年間、一度も休んだことはありません。さぼったことも寝込んだこともない。それは、暴飲暴食せず、節度ある生活を心掛けているからです。それと損得のソロバンばかりはじいたり、精神的にイライラするようなことは避けています。自分の土地、財産の総額がどのくらいになっているかも知りません。どうせ税金とか相続税で持ってゆかれるのだし、むしろ多くの税金を払えるだけの所得があることに感謝しています。楽しみの半分以上が勉強です。一生懸命勉強してそれを応用、実行してその結果がどうかというようなところに興味を持っています。
首藤宣弘著『石井独眼流実戦録』より引用
最後に、『石井独眼流実戦録』の中に出てくる言葉ではないものの、石井氏の名言として多くの人の心を打ってきたものを紹介して締めくくりとします。いつの日か、こんなことをサラリと言えるような大人(たいじん)になりたいものです。
人の欠点が気になったら、自分の器が小さいと思うべきです。
他人の短所が見えなくなったら相当の人物。
長所ばかりが見えてきたら大人物です。
荻窪禅さんの著書から、荻窪さん、筆者自身も例外ではありません!とありますが、やはり荻窪さんも信用目一杯つかってなのてしょうか?
拙著の中では、かつて退場を余儀なくされたトレーダーという意味で「(筆者自身も)例外ではありません」と書きました。ただし、その原因は、信用を目一杯使ったためではありませんでした。相場を始めた当初から信用は使っていましたが、基本的には空売りのためであり、レバレッジを掛けるために信用を使うことは全くなかったというのが実際のところです。