ろくすけ著『10倍株の思考法』を読んで

長期投資家の知り合いの中でも取り分けリスペクトしているろくすけさんが、今回初の著書を出されたということで、早速拝読してみました。以下、個人的に特に響いたポイントを記録しておきます。

まず初めに、ろくすけさんの投資哲学の一端を感じられる印象的な一節を紹介したいと思います。

タームがないという強み、他と比較しなくてもいいという強みを活かすために、私は年初来パフォーマンスを計算しないようにしています。数字があるとどうしても他の投資家のパフォーマンスが目に入ってきますし、それによって余計なストレスを抱えてしまいかねません。取り組む時間軸や価値観は、個人個人で全く違うにもかかわらず。

 私が心掛けている投資は、1年単位でリセットされる類のものではありません。タームの意識がなくなれば、行動も自由になります。例えば、投資先が少なくとも今年いっぱいは低調な業績が続く見通しだとしても、2~3年後の明るい未来が高い解像度で想像できる場合、目先のパフォーマンスなどにとらわれず、皆に見放された安いうちにじっくり買い集めて待つことができます。

 私にとっては、長い目で見て資産が増加傾向にあることが確認できれば、それで良いのです。状況のモニタリングを行う必要はあるにせよ、それを別に年単位で区切る必要はないと思っています。                          

『10倍株の思考法』170ページより引用

なんという達観でしょうか。実際、これまで多くの市場参加者と会ってきましたが、トレーダーは勿論のこと、たとえ投資家であっても年初来パフォーマンスを計算しないという方には、ついぞお目にかかったことはありません。例外的にあまりに負けが込んでバカバカしくなって計算しなくなったという人は時々見掛けるものの、長期的にパフォーマンスを上げ続けてきた実力者から、まさかこんな言葉が聞けるとは思いも寄りませんでした。(逆に、長期投資を謳いつつも、実はパフォーマンスが全てといった感じでギラギラしまくっているような人は結構多く見掛けますが。)

換言すれば、ろくすけ流の投資を極める上では、軸はあくまでも「自分自身」であって、「他の市場参加者」ではないということになります。そこでは、誰がどんなパフォーマンスを出そうと一切心がブレることなどないでしょうし、多くの市場参加者を悩ますような煩悩や迷いから完全に逃れられているようです。大げさでなく、投資家として一つの悟りの境地に達しているようにすら感じます。

そんな投資哲学を持つろくすけさんですから、38ページや204ページに出てくる対照的な下記2つの企業のうち、投資先としてどちらを選好するかは、言うまでもないでしょう。

A:年率30%の事業成長が3年間続くであろう企業

B:年率10%の事業成長が10年間続くであろう企業

市場参加者の多くを熱狂させる可能性があるのはA(目先の華々しい成長が期待されるピカピカの成長企業)であって、決してB(息の長い堅実な成長ができそうな企業)ではないでしょう。一方、容易に想像できる通り、ろくすけさんが選ぶのは断然Bということになります。要するに、敢えて人気を集めやすい銘柄群には目を向けないことで群集心理からは距離を置き、遠回りではあっても結果的に着実に成果を上げていっているのです。まさに、「人の行く裏に道あり花の山」です。

とは言え、10%の成長を10年間というのは、決して軽く見られるべきような成長ペースではありません。複利計算すれば、10年後には約2.6倍にもなるからです。そして、投資家としてのパフォーマンスもまた、同じことが言えます。無謀なリスクを取ったり、あるいは豪運の助けがあって数年は途轍も無いパフォーマンスを上げる者は珍しくありませんが、それを10年続けられるのは奇跡に近いことでしょう。一方、決して人目を引くようなパフォーマンスではなくても10年以上にわたって生き残り、結果として大きな財産を築いてきたような投資家は決して珍しい存在ではないのです。

ただし、だからと言って、ゆっくりであっても着実に成果を積み上げていく投資が決して簡単なものということにはなりません。ろくすけさんも、巷によくあるような「ほったらかし」を勧めているわけでは決してないのです。やはり投資先に対する深掘りやリサーチには熱心ですし、(趣味である旅行も兼ねつつではありますが)基本的に株主総会には必ず出席するといった熱意は、むしろ「ほったらかし」とは対極的なものと言えるでしょう。

そして、大方の投資家にとっては、(出来れば短期間で)儲けさせてくれるのが最高の企業となるのに対し、ろくすけさんにとっては「同じ船に乗りたい」と思わせてくれるような「やっていることに共感できる」のが最高の企業となるのです。

ネタバレとなり過ぎるので敢えて詳述することは避けますが、例えばIRとの付き合いについて書かれている部分を読めば、如何に密に、そして極めて丁寧に各企業のIRとやり取りしているかが手に取るように分かります。短期的にその株が上がりそうかというヒントだけを聞き出したがるような志の低い人たちとは真逆の向き合い方と言って過言ではありませんし、この部分を読んでその真意を理解し実践するだけでも、投資家としてひと皮もふた皮もむけることになるでしょう。更に言えば、ここまでして初めて、自信を持ってゆったりした気持ちで「同じ船に乗れる」ことになるのだとも思います。

また、このような焦らず急がずの投資法であるが故に、日々の細かい値動きに一喜一憂することはなくなります。板やチャート等の画面を凝視し続けるようなストレスフルな作業からは完全に開放され、何をするのも自由。結果として、それなりの資産形成が成された後は、いつでも存分に好きなこと(ろくすけさんの場合は旅)が出来るようになるのは大きなメリットでしょう。その投資法のみにとどまらず、ライフスタイルという点でも、ろくすけさんは一つの理想的なものを築き上げているように見えます。

ところで、インターネット、とりわけSNSの隆盛は、優れた先達の考え方や手法等に誰もが容易にアクセス可能となることによって、後に続こうとする人たちの成長を大いに促進してきました。それを「功」とするなら、当然「罪」の部分もあります。その最たるものが、いわゆるエコーチェンバー現象です。(最もよく似た日本語は、恐らく「タコツボ化」になるでしょう。)

確かに、同質・同レベルの仲間同士といるのは非常に心地よいことです。しかし、それは極端な場合、異質な考えの排除に繋がりやすく「異端者」に対しては時に攻撃的になったりもしがちです。たとえそこまで行かずとも、異質な考えや新しい考えから目を背けてしまうのは、進歩を妨げ成長を阻害することになる危険性は確実に高まります。

そうした陥穽に嵌る愚を避けるため、個人的にはたとえば長期投資家の集まりに参加するなど、敢えて対極的な考え方を持つ人たちと積極的に交流するようにしてきました。そこから得たものは本当に大きく、自分自身のトレードの幅を広げてくれたことは間違いないところです。そんなわけで、長期投資を標榜しない市場参加者にも是非、本書を推薦したいと思います。必ずや何らかの新しい視点や考え方を得られることでしょう。

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