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『大暴落の夜に長期投資家が考えていること』を読んで

それなりに経験を積んだ株式市場参加者であればほぼ100%経験済の失敗例として、「暴落時の狼狽売り」が挙げられると思います。自分自身を振り返っても、暴落時に投げ売りをさせられたことは少なくありません。最も悲惨だったのは、まだ電話で注文をしていた時代、前場に暴落が来たのを会社の昼休みに知って居た堪れず後場寄りで投げ売りしたら、直後に極めてポジティブなニュースが流れて後場開始から猛烈な反騰が始まったという経験です。買い直すことも出来ぬまま呆然とその後の上昇局面を見送るだけだったのは、いま振り返るとまさに「アンタが投げたソコが底」を見事に決めた痛恨の大失敗でした。

実際、昨年8月の大暴落においては、新NISAの成長投資枠利用者(うち約6割が初心者)の約4割が消極的行動(売却)をとったという結果が出たようです。興味深いのは、初心者層の約4割が消極的行動をとった一方で10年以上の経験者の消極的行動は16.7%にとどまったという事実です。経験によって暴落時の対応が明らかに異なるという結果には、自らの過去を振り返って納得する人も多いことでしょう。
※引用元:投資専門サイト「テクニカルブック」による調査に基づくForbes JAPAN Web-Newsが昨年12月26日に報じた記事

前置きが長くなりましたが、『大暴落の夜に長期投資家が考えていること』には、ろくすけさんが大暴落(リーマンショック)で資産の大きな評価損を抱えたにもかかわらず、狼狽売りなどの衝動的な行動は取らず、逆に買い向かった経験が綴られています。投資家の感情を激しく揺さぶってくる大暴落局面において、なぜ狼狽売りに走らずに済んだのか、また逆になぜ臆することなく買い向かうことが出来たのか?本書では、その秘訣が惜しみなく公開されており、大変読み応えがありました。

「株はメンタル(が大事)」とよく言われますが、実際暴騰局面では欲望から高値づかみし、暴落局面では恐怖から狼狽売りをしてしまうというのが、一般大衆が取ってしまいがちな行動パターンです。そんなことをしていたら幾らおカネがあっても足りないほど損を積み重ねてしまうはずであり、またこの事こそが、いつの世も株式市場に参入する人は多かれど、長年にわたって生き残り、かつ資産を積み上げ続けられる人が非常に少ない理由です。逆に言えば、そうした感情や本能といったものを制御することが成功の大前提となります。そして、大暴落などは当然に想定した上で、予めそうした事態に遭遇したらどう行動するか(「何も行動しない」という選択もアリ)を決めておくくらいになれたのなら、長期投資家としての成功は一気に近づくことになるでしょう。

また、長期投資の鉄則として以下のように書かれていたのは、非常に新鮮に感じられました。

長期投資においては、「買値」「含み益」「含み損」は、投資判断の要素からは外すべきです。大事なのは、常に今です。投資している企業をどう評価するかを「今」判断する。これが鉄則です。

※『大暴落の夜に長期投資家が考えていること』140ページより引用

これには補足があり、含み益が出ているのも含み損が出ているのも、買値という「過去の痕跡」がもたらすものに過ぎないという内容が続きます。従って、たとえ大きな含み益があったとしても、それは「過去の判断」が素晴らしかったことを示しているだけで「将来」を保証するものではなく、含み益の大きさと「今」の企業の価値・実力は別物、とろくすけさんは説いています。トレーダーにとっては「今(≒現実)」から目を背けるのが致命的になるのは理の当然ですが、凄腕の長期投資家もやはり「今」こそが全てと考えていることを知れたのは大変興味深かったです。

長年にわたって生き残り成果を上げ続けてきた長期投資家の手になる本書は、その他にも様々な金言に満ち溢れています。長期投資家は勿論のこと、トレーダーにとっても大いに有益な良書として推薦させていただきます。

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『年収300万円、掃除夫だった僕が7億円貯めた方法』を読んで

多くの投資家がその再販を待ち望んでいた2013年出版の名著の改訂版が出たので、早速読んでみました。

著者のwww9945さんと言えば、その飾らず誠実な人柄で老若男女から絶大な支持を受ける投資家さんですが、本書に掲載されている過去のエピソードの中には、そのお人柄そのままに、そこまで正直に書きますかというレベルのものがあります。たとえばシンキ大車輪。これは一週間無利息の消費者金融ローンをフル活用して得たお金を投資資金に充てるというものですが、多重債務者が綱渡りの資金繰りをするようなもので、一歩間違えたら危険極まりありません。また、信用2階建て投資の失敗により投資資金が一気に半減近くなったり、投資の神と崇める第三者に縋る「アラー投資法(笑)」にハマった時期もあるなど、初心者が大失敗しがちな陥穽に幾度となく陥ってきたことが赤裸々に綴られています。

これだけの実績を積み上げてきた大投資家であっても、決して初めから順風満帆に来たわけではなく、現在の成功に至るまでには人並み以上の失敗と挫折を積み重ねてきたという事実は、投資の未経験者や初心者にとっては励みにもなれば警句にもなるという意味で、大変価値があることでしょう。

本書を一言で表せば、異色の投資家による異色の投資本。よくある長期投資家の本とは明らかに一線を画しており、投資家は勿論、トレーダーにとっても読む価値が非常に大きい本です。なぜならwww9945さんは、地道な努力を重ねることが成果に結びつく投資家的側面の一方で、ピラミッディングを駆使して爆発的な利益を得ることが得意だったり、値動きによって躊躇なく機械的な損切りが出来るといったトレーダー的側面も兼ね備えているからです。

ピラミッディングに関しては、知り得る限り、日本人が書いた投資本の中で最も詳しく、また具体的に記述されています。ナンピンはせずに下がれば(買値から10%という予めルール化した基準を下回ったら)売るといったところも合わせれば「順張りトレーダー」そのものであり、「普通の投資本」に飽き飽きしている向きには非常に刺激的な内容だと言えます。

勿論、www9945さんの最も有名な持ち技は「街角ウォッチ」です。そのホームグラウンドである池袋を街歩きし細かく観察し続けることによって数々のホームランを叩き出してきたことは周知の事実ですし、本書には2013年版にはなかった第7章が加えられ、第4章のメインテーマである「街角ウォッチ」が近年の実例とともに更に深堀りされています。そんな「街角ウォッチ投資法」ですが、その要諦は、街角を「自分の足」で歩き、「自分の目」で見、「自分の耳」で聞き、その上で「自分の頭」で考えて投資対象を発掘するということになるかと思います。軸が自分ではなく他人である「アラー投資法(笑)」とは完全に真逆ですね。

※この本の中で個人的に最も気に入った一節を挙げておきます。

株価は経済の鏡と言われるが、こうして実際に店舗をリサーチしていると、商品だけではなく、店舗にも値札がついているような感覚に襲われる。それを小口で買うのが株だ。自分の目で見て判断したものが株価上昇という形で報われたときは、この上なく嬉しいものなのだ。

www9945著『年収300万円、掃除夫だった僕が7億円貯めた方法』より引用

ところで、池袋のような流行を先取りする繁華街においそれとは通えない辺鄙な場所に住む投資家はどうしたらいいのでしょうか? 実はその答も本書の中にちゃんと書かれてあります。たとえば、仕事を通じてその業界に精通していたからこそ発掘できた銘柄の事例や、お見舞いに行った病院でたまたま見掛けた製品の優位性を見つけて発掘した銘柄の事例等も載っているからです。つまり、街角以外にも、自身の仕事や業界、あるいは偶然訪れた場所等々、あらゆる所に銘柄発掘の機会は転がっているはずなのです。街角に限らず常に意識して身の回りのチャンスを拾い上げようとすること、これなら都市生活者に限らずあらゆる人にとって可能であり、本書は必ずや読者の今後の投資に資することでしょう。

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『投資で「3億円FIRE」したぼくがすすめるたった2つのこと』を読んで

投資家ではなく生粋のトレーダーであると自認する私ですが、実は、トレードには長期投資と比べて極めて大きな弱点があると常々感じています。それは、好むと好まざるとにかかわらず、時代の流れや環境の変化に大きく左右されてしまうということです。

たとえば昭和の昔であれば、株を買う時と売る時、あわせて4%近くの手数料が掛かっていました。つまり、100万円で買った株なら104万になって初めてトントンになるということです。それが何を意味するかと言えば、「デイトレなど完全に不可能」ということです。仕手株のような銘柄に限って言えば、数日単位のスイングなら何とか可能ではありましたが、それ以外の普通の銘柄については、基本的にトレードは難しく投資を選ばざるを得ませんでした。それが最近では、信用口座の開設も昔は二桁多い資金が必要だったのが30万円もあれば可能になり、(2012年まで不可能だった)信用取引の無限回転が解禁となり、更には売買手数料も劇的に下がり無料のところまで続出するようになりました。その敷居は以前より遥かに低くなり、思い立てば誰でもトレーダーになれるという、短期トレードにとっては素晴らしい時代となったのです。

では、ここでちょっと思考実験をしてみましょう。もしもNISA拡充など長期投資を支援する姿勢が明確な金融当局が、短期トレードに対して懲罰的な税率を導入すると決定したらどうなるでしょうか? 「現状の20%強であっても厳しいのに、もし50%にもなればさすがにやっていられない」と考えるトレーダーが続出することは、火を見るよりも明らかです。また、これは既に進行中のことですが、デイトレなど超短期トレードをメインとしていたトレーダーの中に、時間軸を長めにすることを余儀なくされた人は非常に多くいます。今や地方証取の過疎銘柄にさえアルゴが蔓延っているくらいで、超短期トレードは人との戦いというよりアルゴとの戦いになっています。難易度は年々着実に上がってきているのです。更に言えば、歳を取れば取るほど反射神経や視力・集中力が鍵となる手法は辛くなるわけで、そもそも超短期トレードはずっと出来るものではないのです。

長期投資が簡単などというつもりはありません。しかし、時代の流れや環境の変化にそれほど左右されることがないという意味では、長期投資はトレードより遥かに取り組みやすいものであることだけは間違いありません。

さて、今月発売されたばかりの新刊である『投資で「3億円FIRE」したぼくがすすめるたった2つのこと』ですが、これは非常に面白いFIRE本として読むことも当然出来るものの、実際に一読してみて、個人的には「長期投資の教科書」として勧められる親切な良書だと感じました。では、長期投資の要諦とは何か? 本書のタイトルである「たった2つのこと」になぞらえ、自分なりに下記の2つにまとめてみたいと思います。

持つこと & 待つこと

まず、株を「持つこと」ですが、資本主義の世の中が続く限り、労働だけで投資をしないことの不利さが、本書の中では強調されています。その不利を背負わないために、また出来るだけ多くの経験値を積むためにも、やはり投資をするならなるべく早く始めるべきでしょう。折よく来年からは新NISAがスタートするのであり、もし株式投資を始めるべきかどうか逡巡しているような人がいれば、本書に確実に背中を押してもらえること請け合いです。では具体的にどういうものに投資すればよいかについても、当然ながらオススメが詳述されています。それを読者がそのまま模倣するかどうかは兎も角、経験豊富な長期投資家である著者の北原さんがどのような考えから投資対象を選択しているかを知ることが出来るのは、大きなメリットでしょう。

次に「待つこと」ですが、株式投資を始めている者が一体何を待つというのか?と思われるのはごもっともです。結論から言えば、待つべきものとは、後々「ショック相場」と呼ばれるような状況です。近年で言えば、リーマンショックとコロナショックがその典型なのですが、同じく株をやっていても、そこで退場となってしまった人も多くいる一方、全く逆に一世一代の好機と捉え一気呵成に資金投入することで財を成した人も少なからずいるのです。

要するに本書は、これから投資を始める人は勿論のこと、経験者であってもコロナショック後に始めたようなショック相場未経験者にとって、大暴落時においてどう対処すべきかを、生々しい心の動きまで描写した貴重な体験談として易しく教えてくれるものなのです。またショック相場経験者であっても、上手く立ち回れたと振り返られる人の割合は極めて低いはずで、北原さんが実際にどのように立ち回ったかを疑似体験出来るのは大いに価値があることでしょう。

幸か不幸か、ショック相場は、またいつか必ずやってきます。それを一切予期することなくその場になって翻弄されるのか、それとも十分な備えをした上で「待ち」、翻弄されるどころか大チャンスとして利用できるのか? その違いは必ずや投資結果として天と地ほどの差を生むことになります。本書をキッカケに、一人でも多くの「持つこと」、そして「待つこと」が出来る長期投資家が誕生することを願っています。